「普通級に行く」と息子が自分で決めた——ある放課後、帰り道での出来事

5月のある放課後のことです。

息子の帰りを待ちながら、玄関で靴音を聞いていました。扉が開いて、「ただいま」の声。

その夜、息子は私にひとことだけ言いました。

「中学は、普通級に行く。将来のために。進路のために」

それだけでした。説明も、相談もなく。ただ、宣言でした。

私はしばらく、言葉が出ませんでした。

放デイで起きた、いつもと違うこと

その日、少し手前の話からしなければなりません。

息子は放課後等デイサービスに通っています。週に何度か、学校が終わるとそちらへ向かいます。

スタッフの方から聞いたのですが、その日の自由時間に、息子はお友達と遊びませんでした。

「宿題がたくさんあるから」と言って、終わるまで席を立たなかったそうです。

最初に聞いたとき、正直ピンとこなかった。宿題をやったということ自体は、珍しいことでもないから。

でも、もう少し聞いてみると、思わず息をのみました。

「以前は、時間になったら『終わらなかった』って言って、諦めていましたよね」

そうなんです。

これまでの息子は、宿題は「終わればラッキー、終わらなければしょうがない」という感覚でした。自由時間にお友達が遊んでいたら、そちらに引き寄せられて。「もう時間だよ」と言われたら「終わらなかった」と言って帰ってくる。

それが当たり前だったのです。

でも、その日は違った。

自分から「宿題が終わるまで遊ばない」と決めた。友達に声をかけられても、断った。そして最後まで机に向かった。

私はその話を聞きながら、なんとも言えない気持ちになりました。

嬉しいというより——「あ、この子は変わってきている」という、静かな確信。

帰り道、息子が言った言葉

放デイからの帰り道。

息子はいつも、あまり喋りません。その日も、私の横を黙って歩いていました。

夕方の空が少し薄くなりはじめたころ、息子がぽつりと言いました。

「ねえ、俺、中学は普通級に行く」

私は一瞬、足が止まりそうになりました。

「……うん。どうして?」

「将来のために。進路のために」

それだけでした。

実は、私はまだ息子に中学の進路の話をしていませんでした。4月、クラスに新入生が増えた時期、息子は少し落ち着かない様子が続いていたから。そういう時期に、重たい話を持ち込むのは違う、と思っていた。

だから内申点のことも、普通級と支援学級の違いも、直接は伝えていない。

なのに息子は、「将来のために」と言った。

どこで知ったのか、誰かに聞いたのか、それとも自分で考えたのか——わかりません。

ただ、「この子は私が知らないところで、ちゃんと考えていた」という事実だけが、そこにありました。

親が決めたのではない。息子が、自分で決めた。

友人との距離感も、自分で選んだ

帰り道の話には、もうひとつ続きがありました。

息子には少し年上の友人がいます。一緒に鉄道旅行を楽しんでいた子。でも最近、その子がゲームに夢中になって、鉄旅から離れてしまったそうです。

「〇〇くん、最近ゲームばっかりだから、ちょっと距離置いてる」

また私は、足が止まりそうになりました。

これが、どれほど大きなことか。

正直に言います。私にはずっと、ひとつ心配していることがありました。息子は、仲良くしたい相手に気に入られようとして、無理をすることがある。相手の好きなものに合わせたり、自分をすり減らしてまで関係を保とうとしたり。

そのパターンが、ずっと気になっていた。

でも、その日の息子は違いました。

相手に合わせるのではなく、自分で距離を決めた。ゲームが嫌いだから離れたのではない。「自分が大切にしているものが違ってきた」と感じ、静かに一歩引いた。

誰かに言われたことでも、親が誘導したことでもない。息子が、自分で選んだことでした。

放デイ心理士が言っていた「葛藤は成長のサイン」

少し前、放課後等デイサービスの心理士の先生と面談する機会がありました。

そのとき言われたのが、こんな言葉でした。

「思春期の入口に入ってきましたね。本音と建前の差が出てきた。それへの葛藤で、イライラすることもあると思います」

「でも——葛藤は成長のサインなんです。建前を使えるようになってきたということは、社会の中で自分の立ち位置を頑張ろうとしている証。その本音を、ちゃんと受け止めてあげてください」

聞いたとき、正直なところ、ピンとこない部分もありました。

葛藤が、成長?

でも、あの帰り道を思い返すと——今はわかる気がします。

宿題を諦めずにやり切ったこと。進路を自分の言葉で宣言したこと。友人との距離を自分で選んだこと。

全部、息子の中で何かが「整理されつつある」証だったのかもしれない。本音と建前のあいだで葛藤しながら、少しずつ、自分という人間の輪郭を作っていた。

「興味のあることに一緒に行く」サポートの実践

放デイ心理士の先生との面談の中で、家庭でのサポートについて聞かれたことがありました。

「ご家庭では、今後どのように関わっていく予定ですか?」

私は正直に答えました。

「学校と放デイで、勉強面や集団生活のサポートはしていただいているので、そこでは体験できないことをさせてあげたいと思っています。週末に息子の興味に合いそうなイベントを探して、一緒に鉄旅をしたり、楽しんだりできればと」

すると先生は、こう言いました。

「楽しいを共有するのはいいですね。安心感が生まれやすいです」

その言葉が背中を押してくれました。

5月に、横田基地の日米友好祭に行きました。翌日は横須賀のカレーフェスティバルと護衛艦の内覧へ。息子は乗り物が好きです。飛行機も、船も、仕組みや構造が好き。

基地では航空機に目を輝かせていました。護衛艦の中では、私が知らないような設備の名前をすらすらと言っていた。

「これ、どこで覚えたの?」と聞いたら、「本に書いてた」と言う。

楽しいを共有するだけで、これほど表情が違う。それが安心感になって、自分で決める力につながっていく——そんな気がしました。

この子はずっと、ちゃんと考えていた

「中学は普通級に行く」と言った息子の顔を、今でも思い出します。

えらそうでもなく、不安そうでもなく。ただ静かに、決めた顔でした。

私が何かを言う前に、息子は自分の中で考えて、答えを出していた。

宿題も、友人との距離感も、進路も。全部、「自分で決める」という経験を少しずつ積み重ねてきた結果なんだと思います。私が見ていないところで、誰かと話しながら、あるいはひとりで悩みながら。

発達障害のある子は、「決められない」と思われやすい。

でも、それは違う。時間がかかるだけで、ちゃんと考えている。自分のペースで、自分の言葉を選んでいる。

「この子はずっと、ちゃんと考えていた」

帰り道の短い宣言が、そのことを教えてくれました。


同じように、子どもの「自分で決める」をじっと待ちながら不安を抱えているお母さんに、届けばいいなと思います。

焦らなくていいと思います。子どもは、見えないところで育っています。

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