「支援学級に入ったら、内申点はつかない」
「一度支援学級に入ったら、普通級にはもう戻れない」
私は、ずっとそう思い込んでいました。
先日、息子の進路を考えるために中学校の支援学級を見学し、スクールソーシャルワーカーの方とも面談をして、この2つの思い込みがどちらも「正確ではなかった」ことを知りました。そのときの見学の様子は体験記に書いています。
この記事では、あの日確認してきた制度の部分を整理します。支援級か普通級かで悩み続けてきた私たちのように、同じ場所で立ち止まっている方の参考になれば嬉しいです。
【お読みいただく前に】
この記事は、2026年6月時点で、私が市内の一つの中学校への見学と面談で確認した内容をもとにしています。制度の運用は自治体や学校によって大きく異なります。お子さんの進路を判断される際は、必ずお住まいの自治体・学校でご確認ください。
交流授業と内申点の関係——「つかない」ではなく「設計次第」でした
評定がつくのは「交流授業を受けている教科」
交流授業とは、支援学級に在籍しながら、一部の教科を通常学級(交流級)で受ける仕組みです。
私が確認した範囲では、内申点(評定)は、この交流授業を受けている教科にはつくとのことでした。学校の先生の言葉をそのまま借りると、「交流に行っていれば、どんな点数でも1はつく」。
ただし、これは「安心していい材料」ではありませんでした。評定の「1」と、受験で戦える評定は、別の話だからです。評定は交流級の子と同じ基準——定期テストや提出物——で評価されます。
そもそも内申点とは何か、については以前まとめた記事に書いていますので、そちらをご覧ください。
交流していない教科は「評定なし」=調査書では実質0
裏返すと、交流授業を受けていない教科には評定がつきません。
評定がつかない教科は、高校受験の調査書の上では実質0点の扱いになる——これが私の確認した実態でした。そして「交流授業だけで公立高校受験に必要な内申に届くか」という質問への学校の答えは、率直に「難しい」でした。
つまり実態は、「支援級だから内申がつかない」のではなく、「交流授業をどう設計するか次第」なのだと思います。
では、交流授業はどこまで組めるのか
私が確認した範囲では、希望すれば週15時間程度まで組めるとのことでした(週の授業時間の半分は在籍学級で受ける必要がある、という考え方だそうです)。
交流する教科は、入学時のアンケートで決め、途中で増やすことも減らすこともできるとのこと。「最初は少なめに始めて、慣れたら増やす」という組み方も可能だと聞いて、私は少しほっとしました。
支援学級から普通級への転籍——手続きは「重くなかった」
支援級→普通級は、手続きが簡素で期限もない
私が一番驚いたのはここでした。
「転籍は結構難しい」と聞いたことがあり、不安に思っていたのですが、確認してみると、支援学級から普通級への転籍は手続きが簡素化されていて、提出期限もないとのことでした。
逆方向(普通級→支援級)は手続きが必要
一方で、普通級から支援学級へ移る場合は、手続きが必要だそうです。
つまり、「支援級で始めて、様子を見ながら普通級へ」という方向の扉は、制度の上では重くなかった——これは、支援級を選ぶことを「片道切符」のように感じていた私にとって、大きな発見でした。
内申の比率と、転籍の時期
私の住む県の公立高校受験では、調査書に使われる内申の比率は1年:2年:3年=1:1:2と確認しました(2026年3月時点の情報です。比率は都道府県や学校で異なります)。
転籍の時期を考えるとき、この比率との掛け算になります。たとえば中3で転籍した場合と中2で転籍した場合では、評定を確保できる範囲が変わってきます。
「段階的に転籍する」という考え方——私が納得した3つの理由
見学と面談を通して、わが家は「最初から普通級」ではなく「支援級で始めて、交流授業を増やしながら転籍を目指す」という段階的な形を考えるようになりました。納得した理由は3つあります。
① 評定を確保できる学年が増える
交流授業を中1から組んでおけば、その教科の評定は転籍前から積み上がります。転籍を待たずに、内申の土台づくりを始められるということです。
② 環境の変化を、受験学年に重ねない
転籍は、子どもにとって大きな環境の変化です。それを受験勉強と同じ学年にぶつけるのは、うちの子の場合は負担が大きすぎると感じました。このあたりはお子さんの特性によって、考え方が分かれるところだと思います。
③ 先生たちが「頑張りを見たうえで」の合流になる
面談の中で、こんな話を聞きました。中学の先生の中には、「小学校で支援級だったのに、なぜ中学からいきなり普通級なのか」という見方をする方も、いるにはいるようです。
親としては「小学校で力をつけて、追いついたから合流する」つもりでも、受け取る側には履歴しか見えない——この非対称は、私には盲点でした。
もちろん、子どもの「今」を見てくださる先生の方が多いはずです。ただ、こういう見方が存在しうると知っておくことは、心構えとして無駄ではありませんでした。
段階的な転籍なら、交流授業を通して、先生たちが本人の頑張りを実際に見たうえでの合流になります。校内に「この子を知っている先生」がいる状態で普通級に入れる。これは内申の計算とは別の、3つ目の意味だと感じています。
学校がフォローしてくれないことも、先に確認できました
見学では、「学校ができないこと」もはっきり教えてもらえました。これも、聞かなければわからなかったことです。
交流級でのつまずきフォローは、学校側ではできない
交流級の授業で学習につまずいた場合、そのフォローを支援学級の先生が行うことは、教員免許の制約でできないそうです(教科ごとに免許が分かれているため)。つまずきのフォローは、家庭か塾で——と、はっきり言われました。
課題・提出物の管理も、本人管理
交流級の課題や提出物についても、学校側のフォローはなく、本人がしっかり聞いて自分で管理する方針とのことでした。
正直、ここは親として身構えた部分です。ただ、入学してから知るのと、今知っているのとでは、準備できることが全く違います。わが家はこの話を聞いて、家庭学習の体制を入学前から整え始めることにしました。
家庭だけで支えるのが難しそうだと感じた方には、発達障害のある子の学習サポートに対応した塾という選択肢もあります。私が調べた中では、キズキ共育塾(PR)のように、発達障害や不登校の経験がある人のための個別指導塾もありました。気になる方は、公式サイトで対応エリアや無料相談の内容を確認してみてください。
療育手帳の「5年ルール」——以前「らしい」としか書けなかったことの続報
進路の相談の中で、療育手帳の話も出ました。
実は以前、精神手帳を調べた日の記事で、こう書いたことがあります。「一度試験を受けて結果が出なかった場合、再申請はなかなかできないらしい」——当時の私には、窓口で聞いた以上のことがわからず、「らしい」としか書けませんでした。
今回の面談で、その中身を確認できたので、続報として書きます。
一度受けて非該当だと、次は約5年後
私が確認した範囲では、療育手帳の判定を一度受けて非該当になると、次に受けられるのは約5年後になるそうです。「なかなかできない」の正体は、この期間でした。
仮に中2で受けて非該当だった場合、次の機会は18〜19歳ごろ。つまり、高校進路を考える期間がまるごと挟まってしまいます。「とりあえず受けてみる」が、時期によっては選択肢を狭める結果になり得る——あの時、あやふやなまま受けていたら、と思うと冷や汗が出た部分です。
わが家は「選択肢として残す」ことにしました
受けるか受けないか、いつ受けるか。これはお子さんの状況とご家庭の考え方次第で、正解は一つではないと思います。わが家は、今年度は受けず、選択肢として残すことにしました。
療育手帳と受給者証の違いはこちらの記事に、精神手帳の診断書のことはこちらに書いています。
見学のとき、質問してよかったこと(リスト)
最後に、見学と面談で「聞いてよかった」と思った質問をまとめておきます。学校側から先に教えてくれることは、ほとんどありません。聞かれたら答える——そういうものだと感じました。
- 交流授業は週何時間まで組めますか? 組める教科に制限はありますか?
- 評定(内申点)がつくのは、どの教科ですか? つかない教科は調査書でどう扱われますか?
- 交流する教科は、あとから増減できますか? そのタイミングは?
- 支援学級から普通級への転籍は、どんな手続きで、期限はありますか?
- 交流級の授業でつまずいたとき、学校側のフォローはありますか?
- 交流級の課題・提出物の管理は、誰がどう支えますか?
- この学級からの卒業後の進路には、どんな例がありますか?
実際の見学がどんな様子だったかは、体験記に書いています。
おわりに
「支援級に入ったら内申はつかない」「普通級にはもう戻れない」——私の中の2つの思い込みは、確認しに行ったら「設計次第」と「戻れる」に変わりました。
ただ、繰り返しになりますが、この記事の内容は私が一つの学校で確認した、2026年6月時点の話です。お住まいの地域では違う運用かもしれません。だからこそ、上の質問リストを持って、ぜひお子さんの学校・教育委員会に確認してみてください。
同じことで眠れない夜を過ごしている方が、一人でも「聞きに行ってみよう」と思えますように。


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