「助けてほしい」と思ったことは、あまりない。
そんな余裕はなかった、というのが正直なところだ。
あったのは、もっと切実な感覚だった。
この苦しさから、少しでも逃れたい。
ただそれだけだったと思う。
孤立した育児は、じわじわと追い詰める
発達障害の子を育てる日々は、外からは見えにくい。
子どもが大変なのは確かだ。でも一番消耗するのは、子どもとの時間より、「周囲に伝わらない」という感覚かもしれない。
夫婦の間でも、自分の親との間でも、「なぜそんなに大変なのか」が共有されない。
学校でも、地域でも、「よくあること」として流される。
孤立は、ある日突然訪れるわけではない。
少しずつ、少しずつ、「この苦しさは自分だけのものだ」という感覚が積み重なっていく。
家族との関係については、こちらの記事でも書いたことがある。孤立の重さについては、こちらでも触れている。
「苦しみから逃れたい」という状態
追い詰められると、「助けを求める」という言葉さえ浮かばなくなる。
助けって、何だろう。
何をしてもらえれば、楽になれるのだろう。
そもそも、楽になれる日が来るのだろうか。
そういう思考の手前で、ただ「逃れたい」という感覚だけが残る。
この状態になること自体は、当然だと思う。
それだけの重さを、一人で抱えてきたのだから。
「藁」は、やさしい顔をしている
苦しんでいる人のそばには、「楽にしてあげる」と近づいてくるものがある。
特定の考え方かもしれない。
特定の人間関係かもしれない。
「あなたの苦しみは、こうすれば解決する」と断言してくれる何かかもしれない。
悪意があるとは限らない。
でも振り返ってみると、それらには共通の構造があった。
孤立した人を助けると見せかけて、実は孤立を深める。
宗教的な依存関係も、詐欺も、有害な人間関係も——形は違っても、同じ動きをする。
「苦しみを和らげてくれそうな何か」に手が伸びる瞬間、この構造は動き始める。
これは判断力の問題ではない。
孤立という状況の中に置かれた人間なら、誰でもそうなりうる。
私もそうだった。
ある出来事が起きた
子どもの育ちに必死だった時期に、ある出来事があった。
実の父親から「孫が虐待されている」と、様々な機関に通報された。
複数の機関が動いた。ただ——どの機関も、通報をそのまま鵜呑みにすることはなかった。それぞれが状況を確認し、通報に根拠がないという判断が出た。
担当者の一言
その調査の過程で、子どもに関わる機関の方と面談する機会があった。
「ほとんどお母さんがやってきたんじゃないですか」
その一言だった。
責められるかもしれないと思っていた。
何かを問い詰められるかもしれないと思っていた。
でも返ってきた言葉は、それだった。
自分がやってきたことは、間違っていなかった。
苦しかったのは、弱かったからではなかった。
私がここまでやってきたのは、確かなことだった。
「私の代わりは、誰もいない」
その日から、少しだけ変わった感覚がある。
「私の代わりは、誰もいない」——この言葉は、孤独を意味していない。
誰かに頼れない、という意味でもない。
自分の感覚を信じていい、という意味だ。
自分の判断軸が戻ったから、「この人は本当に力になってくれているか」がわかるようになった。
孤立を深める方向に動くものと、そうでないものの違いが、少しずつ見えるようになった。
自分を信じることと、誰かを頼ることは、矛盾しない。
むしろ、自分の感覚を取り戻したからこそ、本物のつながりに向かえるようになったと思っている。
苦しみから逃れたくて、藁に手を伸ばしていた時期があった。
同じような状況の中にいる方に、この話が届いたらと思う。
あなたが追い詰められたのは、あなたが弱かったからではない。
それだけの重さを、抱えてきたからだ。

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