WISCを2回受けた話——言語理解とワーキングメモリの差が、息子の支援を変えた

息子がWISCを受けたのは、小学1年生の夏のことでした。

「なんとなく気になる」という動機でした。でも結果を受け取って、説明を聞いて——「ああ、そういうことだったのか」と思ったことを今でも覚えています。

それから3年後、もう一度受けました。今度は不登校が続いていたから。

2回受けた親は少ないと、後から知りました。この記事では、なぜ2回受けたのか、何がわかったのか、そしてそれをどう使ったのかを書きます。

小1の夏、はじめてWISCを受けた

入学してしばらくした頃、担任の先生から連絡がありました。

「最近、落ち着きがなくなってきています」

支援学級に籍を置いていたこともあり、それなりに環境に慣れてきたと思っていた矢先のことでした。何かが変わったのか、それともそういう時期なのか——自分だけでは判断できませんでした。

当時利用していた放課後等デイサービスに相談したところ、「一度WISCを受けてみませんか」と提案してもらいました。

WISCとは、子どもの知的能力を測る検査です。「この子は何が得意で、何に負荷がかかりやすいか」を数値で示してくれるもので、検査は数時間かけて行われます。息子はそれなりに疲れた様子で帰ってきました。

結果を見せてもらった日のこと

後日、放デイの心理士の先生に結果を説明してもらいました。

WISCには4つの指標があります。言語理解・知覚推理・ワーキングメモリー・処理速度。それぞれの数値と、全体のバランスを見ていくものです。

先生が最初に言ったのは、「言語理解とワーキングメモリの差が大きいですね」という一言でした。

言語理解は、言葉で考えたり説明したりする力のこと。
ワーキングメモリーは、聞いたり見たりした情報を頭の中に一時的にとどめながら処理する力——よく「脳のメモ帳」と表現されます。

息子の場合、言語理解は高い。でも、ワーキングメモリーはそれより大きく低い。

その説明を聞いたとき、ずっと腑に落ちなかった何かが、すとんとおりた気がしました。

頭では理解できる。言葉にして説明もできる。なのに、いざやろうとするとうまくいかない。書こうとすると混乱する。考えながら手を動かすと、どちらも追えなくなる。

「やる気がない」のではなく、「処理できる量に限りがある」——そういうことだったのか、と。

心理士の先生に言われたこと、やってみたこと

説明の後、具体的なアドバイスをもらいました。

一番印象に残っているのは、「プリントを渡すとき、問題を一度に見せないようにしてください」という話でした。

1枚のプリントに問題が5つ並んでいたとします。それを渡された瞬間、息子の脳には5つ分の情報が飛び込んでくる。全部を一度に処理しようとして、オーバーフローする。その結果「やりたくない」「わからない」という反応になる——先生はそう説明してくれました。

だから、1問ずつ渡す。他の問題は見えないようにして、今やることだけを見せる。

もう一つは、「気持ちの切り替えが苦手なので、落ち着かせるときは場所を変えるクセをつけてみてください」という話でした。環境を変えることで、気分のリセットをしやすくする、ということでした。

帰ってから、さっそく試してみました。

問題を1枚ずつ切って渡す。裏返して置いておく。「次はこれ」と一つずつ出す。

変化は思ったより早く出ました。以前はすぐに「もうやだ」と言っていたのが、最後まで取り組めるようになっていった。諦めたのではなく、情報が多すぎてオーバーフローしていただけだった——そのとき、そう確信しました。

小4の冬、もう一度受けようと思った理由

それから3年が経ちました。

小4になった頃から、息子は学校に行けない日が増えていきました。登校しようとしても体が動かない、そういう時期が続きました。支援学級と普通学級を行き来していた時期と重なっていたこともあります。

そのとき私が気になったのは、「あの検査から3年経って、差が広がっていないか」ということでした。

言語理解は年齢とともに伸びやすい。語彙が増え、経験が積まれるから。でもワーキングメモリーへの負荷は、支援や工夫がないと変わりにくい——そんな話を聞いたことがあったから。

もし差が広がっているなら、今の関わり方を見直さなければいけない。そう思って、主治医に相談してWISCを受けることにしました。

「結果に大きな変化はありません」——この言葉の前後

検査を終えて、主治医から結果を聞きました。

「結果に大きな変化はありません」

正直に言うと、その言葉だけでは何もわかりませんでした。

変化がない、というのはどういう意味なのか。安心していいのか。それとも、3年前と同じ課題がそのまま残っているということなのか。

今思うと、「変化なし」は「安心」ではありませんでした。

言語理解とワーキングメモリーの差は、3年経っても縮まっていなかった。言語理解は伸びていたけれど、ワーキングメモリーへの負荷も同じように続いていた。差の構造は変わっていない、ということでした。

10歳になった息子には、小1の頃よりずっと複雑なことが求められます。授業の内容も、友人関係も、自分の気持ちの整理も。同じ構造のまま、要求水準だけが上がっている。

それを知って、支援の続け方を改めて考えるきっかけになりました。

WISCは何回受けるもの?——2回受けて初めて知ったこと

2回受けて、初めて知ったことがあります。

ある面談の中でたまたま話題になったのですが、WISCを複数回受けることは、実はあまり多くないそうです。「検査の内容を覚えている可能性があるため、最低でも2年は間隔を開ける」という方針の先生もいれば、「毎年受けて、数値が安定してきたところでこの子の結果と判断する」という先生もいる——方針は先生によってかなり違うとのことでした。

そういうものか、と思いながら聞いていました。ただ、それを誰も事前に教えてくれなかった。「次はいつ受けるのか」と聞いても「普通は1回です」と言われるだけで、なぜそうなのかの説明はない。

2回受けたからわかったこと——「変わらなかった」という事実は、1回だけでは得られませんでした。3年間、どの支援が続いていて、何が変わっていないかを確認できたのは、2回目を受けたからです。

自分から動かなければ、もらえない情報がある。この経験で改めてそう感じました。

数字より、使い方だと思っている

WISCを2回受けてみて、いちばん思うのはそのことです。

数値は大事です。でも、数値を受け取って終わりにしてしまうと、ただの紙が残るだけです。

あの「1問ずつ渡す」という小さな工夫が、息子の変化につながった。それは、検査結果を「この子の弱さ」として読むのではなく、「どうすれば動きやすくなるか」のヒントとして読んだからだと思っています。

WISCは、設計図だと私は思っています。その子の「動きやすい形」を教えてくれる地図。使いながら、更新していくもの。

同じように検査を受けた方、あるいはこれから受けようとしている方——数字に一喜一憂しなくていいと思います。その数字が、どう暮らしに使えるかを考えることの方が、ずっと大事でした、私には。

この記事が、少しでも参考になれば嬉しいです。

息子の保育園から小学校への記録は、「息子と歩む日々」シリーズでまとめています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました