小1の春、学童をやめた——息子が荒れた本当の理由

小学校に入学した春、私は息子の放課後の居場所をどうするか、それなりに考えて決めた。

保育園と同じ感覚で、学童に申し込んだ。働いているのだから、預け先は必要だ。特別支援学級に在籍していても、学童には入れる。問題ないはずだと思っていた。

でも4月が終わる頃、私は退所届を出していた。

息子が荒れ始めた

入学から数週間が経った頃、息子の様子が変わり始めた。

落ち着きがなくなった。些細なことで泣く。家に帰ってきてからの時間が、やけに重くなった。

最初は「新しい環境に慣れていないのかな」と思っていた。小学校も支援学級も初めてだ。緊張しているのだろう、と。

でも何かが、引っかかっていた。

学童で何が起きていたか

しばらくして、わかってきた。

学童の室長が、息子の名前を毎回違う呼び方をしていた。明らかに意図的なものだった。

そしてそれを見ていた子どもたちが、同じことをし始めた。

大人がやっているのだから、それが「この子への正しい接し方」だと学んでしまう。子どもは、その場の空気から多くのことを吸収する。

息子が荒れていたのは、その場所にいたからだった。

区役所に相談した日のこと

このままにはできないと思い、区役所に相談の予約を入れた。

面談の日、室長も同席した。

室長はその場で否定した。

職員は話を聞いてくれた。ただ、動くだけの材料がなかった。面談の最後に「お力になれず申し訳ありません」と言ってくれた。

誠実に対応してもらったことはわかっていた。それでも、この場で何かが変わることはない、ということもわかった。

4月中に退所を決めた

息子をこの場所に置き続けることで、何が積み上がるのか。私には見えなかった。

退所届を出した。4月中のことだった。

放デイに電話をして、事情を話した。受け入れを増やしてもらえないか、お願いした。放デイのスタッフは、話を聞いてくれた。調整してくれた。

学童から放デイへの転換は、「うちの子が学童に馴染めなかった」ということではない。合わない環境を離れて、合う環境を選んだ。それだけのことだと、今は思っている。

両親に頼ることにした

放デイだけでは、物理的に時間が埋まらない日もあった。

私は、自分の両親に頼ることにした。

今思えば、それは悪手だったかもしれない。でも当時の私には、他に選択肢が見えなかった。

このことが後に何につながっていくかは、また別の記録に書くことにする。

環境が、子どもを変える

息子が荒れていた理由は、息子にはなかった。

それに気づくまでに、少し時間がかかった。「また私の育て方が悪いのか」と思いかけた瞬間もあった。

でも、環境を変えたら、息子は落ち着いた。

子どもは正直だ。合わない場所では荒れる。合う場所では穏やかになる。それだけのことを、この春に改めて教えてもらった。

もし今、お子さんの放課後の様子がおかしいと感じているなら——それは、あなたのせいじゃないかもしれない。

環境を疑うことは、逃げではありません。別の場所を探すことが、その子の居場所を守ることになる。

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