「食べられるもの」から「食べたいもの」へ——偏食の息子が、旅先でメニューを選ぶようになるまで

最近の旅行や外出で、息子の様子に、ある変化が起きています。

出かけた先で、「何が食べたいか」を自分で探すようになったのです。

なんだ、そんなことか、と思われるかもしれません。でも、私にとっては大きな変化でした。少し前までの私は、外出の計画を立てるとき、行き先より先に「あそこに、この子が食べられるものはあるだろうか」を考えていたからです。

その順番が、いつの間にか、逆になっていました。

外出の計画は、「食べられるもの探し」から始まっていた

息子には、幼い頃から偏食があります。初めてのお店、初めてのメニューは、息子にとって高いハードルでした。偏食がわがままではなく、味や食感、においの感じ方と地続きの話であることは、別の記事にも書きました。

だから、息子と出かけるとなると、私の頭の中は、まず食事のことでした。現地に食べられるものがなかったらどうしよう。お腹を空かせたまま、機嫌が崩れたらどうしよう。楽しみなはずの外出の計画が、いつも小さな心配から始まっていました。

学校でも同じでした。給食がほとんど食べられない時期が、長く続きました。息子が初めて給食を食べられたのは、小5のとき——支援学級に戻った年のことです(その話はこちらに書きました)。

いま振り返ると、あの頃いちばん重かったのは、偏食そのものというより、「食べられなかったらどうしよう」と先回りし続ける、私の心配のほうだったのかもしれません。

変化は、飲み物から始まっていたのかもしれない

変化は、ある日突然ではありませんでした。

思えば最初の点は、飲み物でした。水を飲まなかった息子が、香りをきっかけに自分で飲み物を選んだ日のことは、前に書いたことがあります

それから、毎年の旅(3年間の記録はこちら)。外で食べる経験が、少しずつ積み重なっていきました。

そして少し前、外食の予定が変わったことを伝えたときのこと。息子は「早く教えてよ、なら他探そう」と言って、自分から切り替えたのです。食べる場所が変わる——かつてなら大きく崩れてもおかしくなかった場面で、次を探す側に回っていました。

「食べられるか」ではなく、「食べたいか」で選ぶ

そして最近の外出では、はっきりと感じるようになりました。息子は「食べられるものがあるか」を心配するのではなく、「何が食べたいか」を探しています。

友だちとの鉄道旅では、「いま」ではなく「数時間先にお腹が空かないか」まで考えて、食事の段取りをつけていました(その日の話はこちら)。

同じ「外で食べる」でも、意味がまるで違います。「食べられるか」は、不安への備え。「食べたいか」は、楽しみ。息子の中で、外食が「乗り越えるもの」から「楽しむもの」に変わり始めているのだと思います。

正直に書くと、親として、こんなに助かることはありません。行き先の選択肢が広がって、外出の計画から、心配がひとつ減りました。あの「まず食事のこと」を考えていた自分を思うと、いま隣でメニューを眺めている息子が、少し眩しく見えます。

「治した」わけではないと思う

じゃあ何をしたら良くなったのか、と聞かれると、困ってしまいます。私が何か特別なことをした覚えは、ないのです。

無理に食べさせることはしませんでした。……と書くと立派に聞こえますが、実際は、無理をさせても食べられないことを、嫌というほど知っていただけです。偏食が感覚の特性と地続きだと知ってからは、「食べない」ことをめぐって向き合う場面が、少しずつ減っていきました。

変わったのは、たぶん食卓ではなく、息子の世界のほうです。安心できる場所が増えて、好きなこと——鉄道や旅——で外に出る経験が重なって、その途中に「外で食べる」が自然にくっついてきた。息子の場合は、そういう順番だったように見えます。

だからこれは、「偏食を治した話」ではありません。「世界が広がったら、食べたいものが増えていた話」なのだと思います。

おわりに

今も、食べられないものはあります。たぶん、この先もあるのだと思います。

それでも、旅先でメニューを開いて「食べたい」を探している横顔を見ていると、食べられるものの数よりも大事なものが、増えている気がします。

「食べたい」が増えていくことは、この子の世界が広がっていくことと、同じ形をしているのかもしれません。


この記事について:この記事は、運営者(万樹)が発達障害のある子どもを育てるなかでの実体験と、自分なりに調べた内容をもとに書いています。制度の運用や支援の要否には地域差・個人差があります。具体的なご判断は、お住まいの自治体の窓口や専門機関にご確認ください。

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