計画を立てるのが、息子は今も苦手だ。
明日の準備、持ち物、段取り。先のことを順番に組み立てる——そういうことが、昔からうまくいかない。
でも先日、友だちと出かけた一日の中で、その「苦手」とはまるで別のところから、息子のいろんな顔が次々と見えてきた。書き留めておきたくて、今これを書いている。
「計画を立てる」のは、今も苦手だ
息子には、一つ年上の友だちがいる。電車が好きという共通点で気が合って、ここのところ、二人で鉄道に乗ってあちこち出かけるようになった。
最初は私が付き添い、行き先を決め、時間を見て、というふうに、ほとんど私が舵を取っていた。それが少しずつ、子どもたちだけで相談して動く時間に変わってきた。
旅を重ねてきた話は、これまでにも書いてきた。
その日は、海の近くで開かれるお祭りに行くのが、二人の目的だった。
「計画が苦手」と聞くと、何もできない子を思い浮かべるかもしれない。でも実際は、そう単純ではなかった。好きなものが目の前にあるとき、息子は、私が思っているよりいろいろなことを、自分で考えて動いていた。
二人で、行き先を決めていた
その日の行き先は、二人で出し合って決めていた。「ここ行きたい」「じゃあ次はこっち」と、互いの希望を並べて、順番を組み立てていく。一人の世界で完結しないで、相手と一緒に決める。これも、以前の息子からは想像しにくい姿だった。
友だちの「たぶん、この辺だと思う」という曖昧な見当にも、息子は付き合って一緒に歩いた。きっちり決まっていないと落ち着かない時期もあったのに、その日は、相手のペースに合わせて歩けていた。
「あと30分で、僕の行きたいところね」
その日は、暑かった。
歩き回って、二人とも汗だくになりながら、それでも息子は時間を見ていた。
「あと30分くらいしたら、僕の行きたいところに移動ね」
自分の希望はちゃんと口に出す。でも、今すぐとは言わない。相手と過ごす時間も残しながら、自分の番を区切って予約しておく。主張することと、待つこと。その二つが、同じ一言の中に収まっていた。
その日は、羽田空港にも寄った。息子は空港が好きだ。どこに行って、何を見て、何をしたいか——自分の頭の中に地図があるから、迷わずに動けていた。自分が何をしたいのかが分かっている、というのは、思っているより大きなことだと思う。
おやつには遅く、夕飯には早い時間に
夕方になって、ごはんをどうするか、という話になった。おやつには遅いし、夕飯にはまだ早い。そんな中途半端な時間だった。
その時間に、息子がふいに言った。
「今は、まだお腹すいてないけど。たぶん、もう少ししたらすくと思うから、その前に食べておく?」
私は少し驚いた。「今、お腹がすいた」ではなく、「この先、すくはずだ」と、少し先の自分を思い描いて言っている。今に気持ちが向きやすい子が、好きな旅の中では、ちゃんと先の時間に手を伸ばしていた。
ただ、そこから先は、うまく運ばなかった。
食べる場所を決めるとき、二人ともそれなりにこだわりがある。でも、息子は外食のときは、わりと柔軟な方だ。だからその日は、息子のほうが友だちの希望に合わせて、二人がおさまる場所を探そうとしていた。少し前の息子なら、自分の「こうしたい」が先に立っていたと思う。相手に合わせて動こうとしているその姿に、私は内心、おやと思っていた。
それでも、時間も中途半端で、なかなか決まらない。歩き回るうちに、空腹と暑さと疲れが重なって、息子の機嫌はだんだん下がっていった。これは息子だけではなくて、友だちのほうも同じだった。子ども二人が、それぞれにくたびれて、少しずつとげとげしくなっていく。
正直なところ、私には、友だちの様子のほうが読みにくかった。自分の子なら「あ、これはそろそろ限界だな」と肌で分かるけれど、よその子の疲れのサインは、そう簡単には見えてこない。どこで声をかけたものか、少し迷いながら見ていた。
食事のあいだも、なんだかんだ、いろいろあった。それでも、何か口に入れて、しっかり休んで、自分たちの行きたいところに行けたら、二人ともようやく機嫌が落ち着いてくれた。「これさえやっておけば落ち着く」なんてものはない。でも、自分たちで自分の機嫌をとろうとしているのは、ちゃんと見えている。だから、なんとなく憎めない。
「最後に見たの、どこ?」
その日、いちばん忘れられないのは、帰り際のことだった。
友だちが、財布をなくしたことに気づいたのだ。みんなで「どうしよう」となりかけたとき、いちばん先に動いたのは、息子だった。
「最後に見たの、どこ?」
そう聞いて、少し考えてから、自分で答えを出していた。
「ご飯食べたところに入るときは、持ってた。じゃあ、あそこかも。聞いてくるね!」
記憶をたどって、どこで最後に見たかを思い出して、自分で確かめに行こうとする。困った場面で、誰よりも先に、息子の頭と足が動いていた。
結局は、友だちの家族が取りに戻ってくれることになった。でも、その間も息子は落ち着いていて、「僕たちはこの辺にいるね」と、待っている時間が嫌な空気にならないように、気を配っていた。
状況を見て、自分で考えて、周りのことまで気にかける。その三つが、あの数分の中に、ぜんぶ詰まっていた。
支えてもらいながら、支えていた
その日、支えられていたのは、息子だけではなかった。
息子も、友だちのことをよく見ていた。相手が少し一人になりたそうなとき、そっと距離を取る。大人がピリピリしているときには、場の空気をやわらげようとする。
息子は、放課後等デイサービスで、年下の子の「お兄さん」をしている。そこで見せている顔が、その日、外でも見えた気がした。
支えてもらいながら、支えてもいる。一方通行ではなくて、お互いに。旅を続けてきた時間が、息子の中にも、友だちの中にも、何かを残しているんだと思う。
息子が「支えられる側」から「支える側」へ少しずつ動き始めたことは、別のところでも感じていた。
おわりに
計画を立てるのは、息子は今も苦手だ。それは、たぶんこの先も、息子の中に残っていく。
でも、好きなもの——電車や、空港や、誰かと出かけること——を入口にすると、苦手とはまったく別のところで、見通したり、相手と折り合ったり、誰かを支えたりする力が、ちゃんと顔を出す。苦手なところを直すことばかり考えていた頃には、見えていなかった景色だ。
私は、少し後ろを歩きながら、それを見ていた。手を出さずに見ていられる距離が、前より少しだけ、長くなった気がする。
この記事について:この記事は、運営者(万樹)が発達障害のある子どもを育てるなかでの実体験と、自分なりに調べた内容をもとに書いています。制度の運用や支援の要否には地域差・個人差があります。具体的なご判断は、お住まいの自治体の窓口や専門機関にご確認ください。


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