「計画が苦手」なはずの息子が、自分でアラームをかけて2時に起きた日——見通しがあれば、この子は動ける

「うちの子は、約束を守れない。朝も自分では起きられないし、段取りもできない」。

息子のことを、私自身、長くそう思ってきました。実際、忘れ物も多いし、先のことを順番に組み立てるのは、昔から苦手です。

でも先日、その思い込みが、少しだけほどけた朝がありました。予定が立っているときの息子は、私が思っているより、ずっと自分で動ける。今日は、そのことを書いておきたいと思います。

「計画が苦手」と言われてきた息子

忘れ物、朝の支度、宿題の段取り。「先のことを自分で組み立てる」のが、息子はずっと苦手だと言われてきました。私もそう思ってきましたし、実際に手を貸す場面はたくさんあります(計画が苦手な息子と過ごした一日のことは、こちらの記事にも書きました)。

ただ、改めて思い返してみると、それは「いつも」ではありませんでした。むしろ、あるときの息子は、こちらが驚くほど、自分で先を読んで動いていたのです。

自分でアラームをかけて、2時に起きた朝

先日、息子が初めて「スポーツの試合を見たい」と言いました。ワールドカップの、日本とブラジルの試合です。息子にとっては、人生で初めてのスポーツ観戦でした。

驚いたのは、その準備でした。前日の朝から、「今日は早く寝て、夜中の2時に起きて、見たらまた寝る」と、自分で段取りを口にしていたのです。

そして当日。私は、起こしていません。息子は自分でアラームをかけ、その音で起きて、テレビの前に座っていました。見たいものから逆算して、寝る時間まで自分で決めて、その通りに動いたのです。

朝、自分ではなかなか起きられないことの多い子が、です。

数日前から、その日のために準備していた

思えば、準備は当日だけのものではありませんでした。

2日前、出かけた先で、息子が急に「ワールドカップのタオルが欲しい」と言って買ったのです。そのときの私は、なぜ今これを、と思っていました。

意味が分かったのは、観戦の朝でした。あのタオルは、この日のための準備だったのです。数日前から、自分の中で「その日」に向けて、少しずつ用意を重ねていた。先のことが、ちゃんと見えていたのだと思います。

思い返すと、見通しがある日は、いつも動けていた

こうして並べてみると、ひとつの共通点が見えてきます。

旅行に出かけたときも、普段より2時間ほど早い時間に、自分で起きて出発できました。友だちとの鉄道旅でも、当日に行きたい場所を二人で出し合って、計画を立ててから動けていました(その日のことは、鉄道旅の記事に書いています)。

どの日も、「いつ・何を・どうするか」という見通しが、本人の中で立っていました。逆に、予定がぼんやりしている日ほど、動きが止まってしまう。そういうことなのかもしれません。

ただ、正直に書いておきたいことがあります。あの2時起きが叶ったのは、見通しが立っていたから「だけ」ではありません。サッカーが、ワールドカップが、本人にとって「どうしても見たいもの」だったから、でもあります。見通しと、大好きという気持ち。その両方がそろった、特別な日でもあったのです。だから「見通しさえあれば、何でもできる」と言いたいわけではありません。そんなに単純な話ではないと、私自身がいちばん分かっています。

「計画が苦手」ではなく、「見通しがあれば動ける」だった

それでも、こうして見てくると、「計画が苦手」という言葉も、少し違って見えてきます。

苦手なのは、たぶん「何もないところから、自分で予定を組み立てる」ことなのだと思います。段取りを一から作る頭の働きが、ゆっくり育つ子もいます。息子も、そのひとりなのでしょう。それは、欠けているということではなく、得意なところとは別の場所に、その子のペースがある、というだけのことだと感じています。

でも、予定さえ見える形になっていれば、その通りに動ける。ゼロから地図を描くのは苦手でも、地図があれば歩ける——そんな感じに近いのかもしれません。

WISCを受けたとき、心理士の先生に「一度にたくさんでなく、一つずつ渡してあげると入りやすい」と教わって、やってみたことがあります(その話はこちらに書きました)。あれも今思えば、息子に「見通し」を渡す工夫の、ひとつだったのかもしれません。

それに気づいてから、私は、予定を一緒に作ったり、見えるところに置いたりするようになりました。これが正解だと言うつもりはありません。私の息子の場合は、そうすると動きやすそうだった、というだけのことです。

おわりに

「うちの子は、できない」と決めてしまう前に、「今、見通しが立っているかな」と、一度だけ見てみる。

ゼロから段取りするのが苦手なら、その地図を、親が少しだけ一緒に描いてみる。それだけで、この子が自分の足で歩き出すことが、確かにありました。

ちなみに、あの2時起きの朝には、もう一つの顔もありました。勝ち負けの、その先を一緒に見た話です(こちらの記事に書きました)。同じ一日でも、見る角度を変えると、子どもはいろんなものを見せてくれるのだな、と思います。


この記事について:この記事は、運営者(万樹)が発達障害のある子どもを育てるなかでの実体験と、自分なりに調べた内容をもとに書いています。制度の運用や支援の要否には地域差・個人差があります。具体的なご判断は、お住まいの自治体の窓口や専門機関にご確認ください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました