ニュースで、高校生たちが闇バイトの実行役になった事件を知りました。
報道のなかに、指示を出す相手へ送ったという返信の言葉がありました。
「はい!がんばります」
この一言が、何日経っても頭から離れませんでした。
来春、中学生になる息子がいます。自閉スペクトラム症があり、優しくて、律儀で、断るのが苦手な子です。この記事は、あの報道を見てから私が考え続けてきたことと、親として今から備えていることの記録です。同じように、遠い先のことを少しだけ心配している方に届けば、と思います。
「はい!がんばります」が、忘れられなかった
闇バイトの報道では、「脅されて抜けられなくなる」という手口がよく語られます。実際、そういう側面は大きいのだと思います。
ただ、あの「はい!がんばります」という返事は、私には脅されている人の言葉に聞こえませんでした。
むしろ、認められたかった人の言葉に聞こえたのです。
もしかしたら、その子は学校でも家でも、「きっとこいつには無理だ」という目で見られていたのかもしれない。だからこそ、自分に「仕事」を任せ、「頼りにしている」と言ってくれる相手に、精いっぱい応えようとしたのかもしれない——。
もちろん、これは私の想像にすぎません。本当のことは分かりません。それでも、あの短い返事の温度は、「怖くて従った」よりも「役に立ちたかった」に近いもののように、私には思えてなりませんでした。
闇バイトは「承認欲求の搾取」なのだと思う
そう考えていくうちに、私のなかで一つの言葉に行き着きました。
闇バイトやブラックバイトは、「承認欲求の搾取」なのではないか。
誰かに認められたい。役に立ちたい。責任のある仕事を任されて、やり遂げて、「よくやった」と言われたい——これは誰の心にもある、まっとうな欲求です。恥ずかしいものでも、弱さでもありません。
問題は、その欲求が現実の生活のなかで満たされていない子がいることです。学校でうまくいかない。人間関係が築けない。家にも居場所を感じられない。そういう子のところへ、「君ならできる」「頼りにしてる」という言葉を持った誰かが近づいてくる。
責任感、達成感、承認。本来なら学校や家庭や部活が与えるはずだったものを、搾取する側が実に上手に与えるのです。
だとしたら、これはお金に釣られる話ではなくて、居場所の話なのだと思います。
「狙われやすい子」がいるのではなく、承認が届いていない場所がある
ここで、どうしても書いておきたいことがあります。
『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治・新潮新書)という本があります。医療少年院で勤務した児童精神科医が、認知のしんどさを抱えた少年たちが少なくないことを報告した本です。この本をきっかけに、「少年院にはグレーゾーンの子が多い」という言い方を目にすることが増えました。
私はこの話を、「特性のある子は危ない」という意味には読みませんでした。
境界知能と呼ばれる範囲にある人は、統計の定義上、人口の1割以上いるとされます。どのクラスにも数人いる計算です。特別な誰かではなく、どこにでもいる子どもたちです。
その子たちが少年院という場所で「少なくない」のだとしたら、それは危険の証拠ではなくて、承認と支援が届かなかった証拠なのだと、私は読みました。困っていることに気づかれず、「できない子」と扱われ、認められる場面を持てないまま来てしまった——そこにつけ込む大人がいた、ということなのだと思います。
守られるべき側の話を、危険視の材料にしたくない。ここだけは、どうしても外したくありませんでした。
息子の中にある、私が知っている危うさ
そのうえで、私は自分の息子のことを考えます。
息子は律儀です。約束したことは守ろうとするし、引き受けたことを投げ出しません。これは息子の持っている、本当に良いところです。
ただ、その良いところと地続きの場所に、私が知っている危うさがあります。
息子は、気まずい場や苦手な相手から「早くこの場を終わらせたい」とき、条件をよく確かめないまま「はいはい」と頷いてしまうことがあります。その場では丸く収まります。でも、あとから「あの時やるって言ったじゃないか」と言われたら——律儀な息子は、断れないだろうと思うのです。
その場しのぎの承諾が、あとから鎖になる。
優しくされると、その人をコロッと信じてしまいやすいところも、息子にはあります。誰かとつながっていたい気持ちが強い子ほど、優しさの形をした接近には弱いのかもしれません。これも、欲求そのものは何も悪くないのです。ただ、それを利用しようとする側から見れば「扱いやすい子」に映ってしまう——親として、そこから目をそらさずにいようと思っています。
Switch2の夜、闇バイトの話までした
少し前、わが家でゲーム機やスマホをめぐる大きな話し合いがありました。そのときのことは「約束の4日間」や「Switch2を買う日に、一つだけ確認したこと」に書きました。
その夜、私はルールの話だけで終わらせませんでした。お金の話、社会の話、将来の選択肢の話——そして、闇バイトのリスクの話まで、つなげて話しました。「うまい話で近づいてくる人がいること」「一度引き受けると抜けられなくさせる手口があること」を、息子に分かる言葉で。
そのとき息子が、一瞬「やばい」という顔をしたのです。
全部が伝わったとは思っていません。それでも、なんとなくでも届いた感触が、確かにありました。この「なんとなく」を、これから何度も重ねていくのだと思います。一度で分からせる必要はない。刷り込むように、折に触れて。
親の私が、今から備えていること
そこから私なりに整理した、備えの4本柱があります。正解かどうかは分かりません。今の私が考えている、という話です。
① 関わりたくない人とは、関わらない
嫌な相手、怪しい話から、離れていい。関わらずに済むように、先にやれることをやっておく。SNSやスマホの入り口の守り方は、スマホとの付き合い方の記事に書いたことの延長にあります。「離れることは逃げではなく選択」だと、暮らしのなかで何度も見せていくつもりです。
② お金の現実と、「所属できなくても稼げる力」を知る
お金がないと生活できないという現実を、隠さずに見せること。そのうえで、会社や組織に所属できなかったとしても稼ぐ方法はある、と知っておくこと。追い詰められた人ほど「手っ取り早い話」に弱くなるなら、正当な選択肢を先に知っていることが守りになると思うからです。
息子は今、お金や働き方を学べるオンラインコミュニティで、自分で決めた宿題リストに取り組んでいます。あの話し合いの夜、息子自身が「やる」と言い出したことです。小さな一歩ですが、この備えの現在進行形だと思っています。
③ 環境が変わっても、相談できる大人を手放さない
中学に進むと、環境は大きく変わります。それでも、放課後等デイサービスのような「気心の知れた大人に会える場所」は使い続けるつもりです。疑問を解決したり、息抜きをしたり、愚痴を言ったり——中学からの放課後の居場所について考えてきたのも、この線の上です。
頼れる先は一つでなくていい。「点」を増やせば線になる——親の私がそう思って歩いてきた道の、青年期版です。おかしな誰かが近づいてきたとき、「あの人に聞いてみよう」と思える相手が身近にいること自体が、防波堤になると思っています。
④ 断れない性格のままでも、取り込まれない構えを
息子の律儀さや優しさを、直そうとは思っていません。それは息子の力だからです。
性格を変えるのではなく、①〜③を通じて「構え」を仕込んでいく。離れていい相手がいると知っていること。正当にお金を得る道を知っていること。困ったときに聞ける人がいること。この三つがそろっていれば、断るのが苦手なままでも、搾取には取り込まれにくくなる——それが今の私の考えです。
認められる場所を、こちら側に
あの「はい!がんばります」を思い出すたびに、考えます。
あの言葉を受け取ったのが、搾取する側ではなく、学校の先生や、部活の仲間や、家族だったなら。同じ承認欲求が、まっとうな場所で満たされていたなら。
親の私にできるのは、息子の「認められたい」「役に立ちたい」という気持ちが、こちら側——安全な現実のなかで満たされる場面を、一つでも多く用意しておくことなのだと思います。
まだ間に合う時期に、この記事を書きました。私の考えの整理が、同じ心配を抱える方の何かのきっかけになれば幸いです。
※本文中の事件に関する記述は報道をもとにした私の推測を含みます。
※参考:『ケーキの切れない非行少年たち』宮口幸治(新潮新書・2019)
搾取されずに生きていくために、もう一つ考えていることがあります。AIと一緒に育つ世代に、何を学ばせるかということです。
この記事について:この記事は、運営者(万樹)が発達障害のある子どもを育てるなかでの実体験と、自分なりに調べた内容をもとに書いています。制度の運用や支援の要否には地域差・個人差があります。具体的なご判断は、お住まいの自治体の窓口や専門機関にご確認ください。


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