1学期の最後の一週間は、ちぐはぐな始まり方をしました。
でもその週の終わり、修了式の日に、思いがけない報告を放デイの先生から聞くことになります。今日はその一週間の記録です。
「参加したくない」から始まった、ちぐはぐな一週間
少し前から、息子は「水曜日の放課後の活動に参加したくない」と言っていました。
息子には、自分で決めた対策があります。家で嫌な思いをしにくいように、放課後の居場所で過ごす時間を増やすこと。この経緯は感情が爆発した朝から始まった一日に書きました。活動を休むなら、その対策と辻褄を合わせるために、放デイの予約が必要になります。
月曜日、放デイからの帰り道で、息子が「放デイ、予約してくれた?」と聞いてきました。私は予約を失念していて——正直に言うと、活動を休む話は本気ではないと思っていたのです。「え?本当だったの?なら今話してくる」と言うと、息子は「いや、いいよ」。私はそれを、活動に参加するという意味だと受け取りました。
ところが火曜日。「先生に、休むって言ってきた」と息子が言います。
放デイの予約はない。活動も休む。つまり、早く帰ってきて家にいる時間が増える。自分で決めたはずの対策と、正反対の行動です。
「矛盾のない行動をしてほしい」——判断は息子に返した
水曜日の朝、私は息子にこう伝えて送り出しました。
「判断は息子に任せるけど、そんな状況のところにいようとするあなたの考えがわからない。どうしたいか考えて、矛盾のない行動をしてほしい」
参加しなさい、とは言いませんでした。休むな、とも言いませんでした。ただ、あなたの行動は、あなたが自分で決めたことと食い違っているよ、と指さしただけです。
その日、息子は活動に参加してから帰ってきました。自分で、辻褄を合わせ直したのです。
このやりとりは、担任の先生にも共有しました。先生は連絡帳に「一貫した行動をするよう指導した」と書いてくださって、家庭と学校が同じメッセージを伝える形になりました。本当に頼りになる先生です。
以前の私なら、理詰めで問い詰めていたかもしれません。その関わり方をやめようと決めた経緯は、「なんでそんなことするの?」が、子どもの逃げ場を奪っていたに書いています。今回は、答えを言わずに、判断を本人に返す。そこから、息子の意識が変わった気がします。
修了式の日、掃除リーダーになった
そして木曜日、修了式。式が終わると、息子は放デイへ直行しました。
放デイでは大掃除があり、息子は掃除リーダーを任されたそうです。下級生に「適当でいいよ」と声をかけたり、靴を水拭きして先生方に「ちょっと」と突っ込まれたり。リーダーぶりには、だいぶ穴もあったようです。
それでも、小さい子たちの前を歩く役を任されて、引き受けた。「103回も跳べたじゃないか」と友だちを励ました日や、放デイで「成長しましたね」と言われた日から続いてきた、誰かを支える側に回る場面が、また一つ増えました。
「夏休みの宿題を早く終わらせたい」——勉強の輪ができた
驚いたのは、そのあとの報告です。
終わりの会が終わったあと、息子が「夏休みの宿題を早く終わらせたい」と、自分から宿題を始めたそうです。すると周りの子たちも「自分もやる」と続いて、勉強の輪ができた——先生方も驚いていたと聞きました。
聞いた私も、驚きました。夏休みの初日を待たずに、宿題が始まっていたのです。
意識の変化が一番はっきり表れたのは、この修了式の日の放デイだったのだと思います。
荒れた週の、次の週だった
この一週間には、前段があります。
その前の週、息子は不安定でした。感情が爆発した朝から始まった一日のことは、前に書いたとおりです。
荒れた週の次の週に、自分で辻褄を合わせ直し、修了式の日には勉強の輪の真ん中にいた。良い状態がずっと続いたわけでも、悪い状態がずっと続いたわけでもありません。波はある。でも、戻ってこられる。この夏の息子を見ていて、いま感じているのはそのことです。
おわりに——夏休みへ
活動に参加するかしないか、それ自体はどちらでもいいと思っています。私が息子に望んでいるのは、1週間前に自分で答えを出したなら、その自分の意見に合わせた行動をしてほしい、ということです。私自身も、息子が出した答えに合わせて動きたいと思っています。
夏休みが始まりました。息子はこの夏も、朝から放デイで過ごします。
勉強の輪の真ん中にいた修了式の日から、この夏がどんなふうに進んでいくのか、見ていようと思います。
この記事について:この記事は、運営者(万樹)が発達障害のある子どもを育てるなかでの実体験と、自分なりに調べた内容をもとに書いています。制度の運用や支援の要否には地域差・個人差があります。具体的なご判断は、お住まいの自治体の窓口や専門機関にご確認ください。


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