朝から、息子の激しい言葉が止まらなくなった日がありました。
きっかけは、暑さでした。「夏は嫌い」から始まって、言葉がどんどん激しくなっていく。数日前から荒れ気味だったこともあり、その朝は、私にも受け止める余裕がありませんでした。
感情が爆発する朝は、親にもあります。あの日の私が、まさにそうでした。
小6の息子には自閉症があります。思春期の入口ということもあるのか、この夏は、気持ちの波が大きく出る時期でした。思春期の入口の変化については、以前こちらの記事に書いています。
今日は、その爆発した朝から始まった一日が、思いがけない形で終わったときの記録です。
朝のうちに、学校へ共有した
その朝、私は連絡帳に、家での様子を書いて息子に持たせました。
そして午後は仕事を休みにして、息子のかかりつけの受診に行くことにしました。実は少し前にも受診の予定があったのですが、そのときは発熱で流れてしまっていて。この日は、その仕切り直しでした。
車の中で、息子がぽつりと「今朝はごめんなさい」と言いました。
私は「どこまでごめんで、リセットしようとしているの?」と返してしまい、息子はだんまり。気まずいままの車内でした。
診察室で、息子が初めて「嫌」を言葉にした
診察室で、息子が自分の口で話し始めました。
部屋で勉強しようとしたときに、同居している家族に話しかけられて、嫌な思いをしたこと。その内容は思い出したくないから言いたくない、ということ。嫌だと言っても、逃げられない感じがすること。
少し前に、同級生に嫌な言い方をされたことも話しました。やめてほしいと自分なりに伝えたけれど、からかいが続いて嫌だったこと。
全部を話したわけではありません。「思い出したくないから言わない」と、自分で線を引いた部分もありました。
でも私は、それでいいと思っています。何が嫌だったかの輪郭を自分の言葉で話せたことと、「ここから先は言いたくない」と自分で決められたこと。どちらも、この子が自分を守るための力なのだと思います。
対策を、自分で考え始めた
驚いたのは、そのあとです。息子は「じゃあどうするか」まで、自分で考え始めました。
- 家で嫌な思いをしやすい時間帯を減らすために、放課後の居場所で過ごす時間を増やす。放課後等デイサービスは、私の迎えまで居られるから安心なのだそうです
- 家の中でも、嫌な思いをしにくい時間の使い方を、自分なりに観察して決めていました
- 授業のない日でも自習室が使える塾があるから、そこに通うか考えてみる
大人が用意した対策ではなく、本人が自分の生活を観察して出してきた案です。「見通しがあれば動ける」子だと感じた場面はこれまでもありましたが、自分を守るための段取りを自分で組み立てたのは、初めて見た気がします。
「母に言えないなら」——翻訳してくれる大人がいる
診察室で、私は息子にひとつだけ伝えました。
「お母さんに言えないことがあるなら、相談員の先生に相談していいんだよ」
息子は「忘れてた」と言いました。
息子には、小さい頃から関わってくれている相談支援専門員さんがいます。以前の面談で「何かあったら直接電話していいよ」と言ってくれた方です。この方は、私より上手に、息子の言葉を息子の意図する言葉のまま受け取って、周りに伝えてくれます。息子の気持ちを翻訳してくれる人が、家の外にいてくれるのです。
先生からも「居場所が複数あることは大切です」という話がありました。
親が全部を受け止めなくていい。母に言えないことを話せる先が、ほかにあっていい。頼れる先を「点」として増やしていく考え方は、以前こちらの記事にまとめています。この日は、その「点」が実際に息子を支えてくれた日でもありました。
きれいな話では、終わらない
ここまで読むと、ずいぶん息子がしっかりしてきたように見えるかもしれません。
でも、後日談があります。
あの朝、私が持たせた連絡帳を、息子は先生に出していませんでした。引き出しの中にしまい込んでいたのです。担任の先生が様子の変化に気づいて、探して見つけて、それで家での出来事が学校に伝わっていました。
出せなかった気持ちも、分かる気がします。家であったことを、学校で開かれるのは嫌だったのかもしれません。私としては、気づいて拾い上げてくれた先生に、感謝するばかりでした。
後日、先生と話したとき、行き着いた共通認識はこうでした。本人なりに先のことを考えられるようになってきた。でも、対策はまだ穴だらけ。だから今は、大人が手を貸しながら一緒に埋めていく段階。大人が手を差し伸べているうちに、少しずつ自分で解消できるようになってほしいね、と。
自分で対策を考えられたことと、対策がまだ穴だらけなことは、両方とも本当です。成長の途中とは、そういうことなのだと思います。
おわりに——明日に持ち越さずに済んだ
その日の夜、私は「今日のことを、明日に持ち越さずに済んだ」と感じていました。
爆発した朝と同じ日の出来事とは思えないような、一日の終わり方でした。
感情が爆発した日は、その日一日が台無しになったように感じる方も、いらっしゃるのではないでしょうか。でも、あの日一日を振り返ると、動いてくれた人がたくさんいました。連絡帳に気づいてくれた先生、話を引き出してくれた主治医、「直接電話していい」と言ってくれた相談員さん。そして誰より、嫌だったことを自分の言葉で話して、自分で対策まで考えた息子。
爆発した朝は、終わりではありませんでした。嫌な気持ちが言葉になったら、息子は自分で、自分を守る方法を考え始めました。
私が一人で抱えていたら、この日は多分、こうは終わらなかったと思います。
※お子さんのことで頼れる先を探している方へ。相談先の考え方は「発達障害の育児に疲れたとき、頼れる先」にまとめています。
この記事について:この記事は、運営者(万樹)が発達障害のある子どもを育てるなかでの実体験と、自分なりに調べた内容をもとに書いています。制度の運用や支援の要否には地域差・個人差があります。具体的なご判断は、お住まいの自治体の窓口や専門機関にご確認ください。


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