以前、中学は支援学級か普通級か、答えが出ないまま書いていますという記事を書きました。
あれから1か月。まだ完全な答えは出ていません。
ただ先日、息子と一緒に中学校の支援学級を見学してきて、「わからない」の中身が、少し変わりました。
今日はその日のことを書きます。
同じように、お子さんの中学進学を前に立ち止まっている方に届けば嬉しいです。
見学の日の朝
うちの息子は小学6年生。自閉症で、今は小学校の支援学級に在籍しています。
実はこの見学の少し前、息子は自分から「中学は普通級に行く」と宣言していました。だからこの見学は、「支援学級に決めたから行く」ものではありませんでした。親の私が、選択肢の中身を自分の目で見ておきたかった——それだけの理由です。
見学するのは、市内の中学校にある自閉症・情緒障害学級。
正直に言うと、私は緊張していました。小学校の支援学級は6年間見てきたけれど、中学校のそれがどんな場所なのか、私は何も知らなかったからです。
教室で見たもの
その日、教室では「作業学習」の時間が始まるところでした。地域の作品展に出す小物を、生徒さんたちがそれぞれ作っています。
見学のはずだった息子に、先生が声をかけてくださいました。
「やってみる?」
息子が選んだのは、小さなビーズを並べてストラップを作る細かい作業でした。
隣に座った先輩たちが、作り方を教えてくれます。その日は特別におしゃべりOKの日だったそうで、息子は手を動かしながら、先輩たちとずいぶん話し込んでいました。
話に夢中になって、手が止まる。
それに気づいた先輩が、横からそっと手伝ってくれる。
最後は一緒に仕上げて、ストラップはちゃんと完成しました。
帰り道、私はこの場面を何度も思い返していました。
初めての場所で、初めて会った人と、好きな話をしながら手を動かして、困ったら助けてもらえた——。
進路を考えるとき、私はずっと「時間割」や「内申」や「受験」のことばかり調べていました。でもあの教室で見たのは、そういう紙の上の情報ではなくて、「うちの子はここで歓迎されるんだろうか」という、一番知りたかったことへの答えだったように思います。
好きなものでつながれる場所
息子は鉄道が大好きです。
教室で話し込んでいた理由は、すぐにわかりました。同じように鉄道が好きな子が、そこにいたんです。
初対面の中学生と小学生が、路線の話で盛り上がっている。その光景を眺めながら、私は少しだけ泣きそうになっていました。
小学校の6年間、息子にとって「人と一緒にいること」は、簡単なことではありませんでした。だからこそ、「好きなものでつながれる場所」が進学先の候補にあるという事実は、私にとってどんな資料よりも重い情報でした。
もちろん、これはたまたまかもしれません。来年も同じとは限らないし、どの学校にも当てはまる話ではないと思います。
それでも、「見学に行かなければ、これは絶対にわからなかった」——それだけは確かです。
「内申がつかない」と思い込んでいた私に
見学のあと、先生に進路のことを質問する時間をいただきました。
私はずっと、「支援学級に在籍したら内申点はつかない。だから公立高校の受験は難しくなる」と思い込んでいました。以前の記事にも、そう書きました。
でも、先生の説明は、私の前提を書き換えるものでした。
詳しい内容は、制度の話として別の記事にまとめます(自治体や学校によって違いが大きいので、私が確認した範囲のことを、注意書きとともに整理するつもりです)。ここでは一つだけ。
「支援級か普通級か」を考えるために必要な情報の中には、見学に行って質問しないと出てこないものが、確かにありました。
学校側から先に教えてくれることは、ほとんどありません。意地悪ではなくて、たぶん「聞かれたら答える」ものだからです。
もしこれから見学に行かれる方がいたら、進路や成績のことも、遠慮せずに質問してみてください。私はあの日、聞いてよかったと心から思っています。
帰り道に考えたこと
実はこの日の午後、小学校でスクールソーシャルワーカー(学校と家庭の間に立って、福祉の立場から相談に乗ってくれる専門職)の方と面談する機会もありました。中学進学のこと、受験のこと、ひととおり相談したあと、その方が言ったんです。
「否定的な言葉が届くより、肯定的な言葉が届く環境の方がいいのではないか」
その言葉を聞いたとき、思い出したことがありました。
少し前に、担任の先生が息子のことをこう言ってくれたんです。
「安定して居場所があるとわかっていれば、ちゃんと自分の限界ちょっと上に挑戦していくのだから」
そして私自身、見学からの帰り道にずっと考えていたのは、結局こういうことでした。
息子の耳には、先生方から褒められる言葉・肯定される言葉が、多く届く方がいい。
立場の違う大人たちが、別々の言葉で、同じことを言っている。
一日の終わりに、そのことに気づきました。
私はこの数ヶ月、「どちらの学級なら内申が取れるか」を軸に悩んできました。それは今も大事な軸です。受験は現実ですから。
でもこの日、軸がもう一本増えました。
どちらの環境にいれば、この子の耳に、肯定される言葉が多く届くだろうか。
その答えは、お子さんによっても、学校によっても、その年の先生によっても、きっと違います。だからこれは、「支援級なら肯定してもらえる」という話ではありません。見学や面談で確かめにいくための「ものさし」が、私の中に一本増えた——そういう話です。
それで、結論は出たのか——というと、まだです。
息子の「普通級に行く」という気持ちは、本物だと思っています。あの宣言を、なかったことにはしたくありません。
一方で、あの教室で楽しそうに手を動かしていた息子の横顔も、本物でした。
本人の意思と、親が見てきたものと、受験という現実。
この三つを抱えて、私たちはもう少し悩むことになりそうです。
ただ、見学の前と後で、ひとつだけ変わったことがあります。
見学の前の「わからない」は、情報がなくて真っ暗な「わからない」でした。
今の「わからない」は、選択肢の中身を自分の目で見たうえで、息子と一緒に選んでいくための「わからない」です。
同じ「わからない」でも、ずいぶん違うものだと感じています。
おわりに
面談の終わりに、受験への影響を尋ねた私に、スクールソーシャルワーカーの方はこんなことも言ってくれました。詳しくは制度の記事に譲りますが——どの道を選んでも、あとから合流できる道はいろいろあるのだそうです。
だからこの選択は、どちらかを選んだら戻れない「背水の陣」ではないようです。そう思えたことも、あの日の収穫の一つでした。
スクールソーシャルワーカーのような相談先の種類と使い分けについては、以前まとめた記事があります。「うちの学校にもいるのかな」と思った方の参考になれば嬉しいです。
「支援級か普通級か」で眠れない夜を過ごしている方がいたら——。
その悩み方そのものが、お子さんを真ん中に置いて考えている証拠だと、私は思います。
答えを急がなくても、見学に行って、見て、質問して、また悩む。その繰り返しでいいのではないでしょうか。私たちも、その途中にいます。
この記録が、どなたかの夜を少しだけ軽くできますように。


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