友だちと出かけるときは、あんなにスムーズなのに。母と二人になると、私たちの旅は、なぜかいつも崩れます。今日は、そのグダグダになりがちな母子二人の旅で、息子が見せた「自分で立て直す力」の話を、書き留めておきたいと思います。
友だちとなら回る旅が、母と二人だと崩れる
息子は、友だちとの鉄道旅だと、乗る電車も行き先も、意外なほどうまく段取って動けます。「見通しがあれば動ける」子でもあります。
ところが、母と二人だと、勝手が違うのです。友だちという「型」がない。起きる時間も、家を出る時間も、どこかふわっとしていて、いつもグダグダ気味に始まります。
毎年、息子と旅には出てきました。それでも、母と二人きりの日は、どうも足場が緩いのです。
出発前の、小さな交渉
その日も、起床は8時、朝ごはんは9時と、のんびりしたスタートでした。息子は「30分後には出よう」という雰囲気です。でも、家のこともある私は、そんなにすぐには動けません。
「何時に出るかも分からないし、行く気があるように見えない動きに、こっちが合わせるのは難しいよ」。私は、正直にそうぼやきました。
すると息子は、「じゃあ、10時出発で」と、自分から30分、後ろにずらしました。私の言葉を跳ね返すのではなく、折り合いをつけたのです。この一言で、止まりかけていた旅が、動き出しました。
逆方向の電車も、「まぁいいや」
経路は、息子に任せることにしました。大まかなプランは私が渡しますが、当日どの電車に乗るかは、本人に委ねます。「上野で乗り換えね」と、自分で決めて動いていました。
途中で、目的地とは逆方向の電車に乗ってしまいました。少し前の息子なら、ここで崩れていたかもしれません。でも、その日は「まぁいいや」と、そのまま別の街の観光に切り替えたのです。
私も、つられて力が抜けました。ちょっとした失敗を、二人で笑って受け流せた。それだけで、その日の空気が、少し軽くなりました。
地下鉄博物館で、「お母さん、休んでていいよ」
地下鉄博物館では、息子が「お母さん、休んでていいよ」と言って、一人でシミュレーターを楽しみに行きました。
一人で回りながらも、時々こちらに戻ってきては、「シミュレーター、◯回やったよ」と報告してくれます。離れて楽しんで、時々「基地」に確認しに戻ってくる。その距離の取り方が、とても自然でした。
「運がいいんだ」に、私が返した言葉
帰り道、息子が「今日は楽しかった。僕、運がいいんだ」と言いました。私はつい、「運じゃなくて、日頃の行いがいいんでしょ?」と返しました。楽しい一日を、運ではなく自分自身の積み重ねに結びつけて受け取ってほしくて。
息子は、「最近、雨男疑惑あるけどな。まぁ、楽しいからいいか!」と、からりと前向きに受けました。
その帰り道には、大手町から東京駅を外から眺めて、皇居(江戸城跡)まで足を延ばしました。予定になかった寄り道にも、するりと乗ってきました。
型がなくても、自分で型を作れた
友だちという型がない一日。それでも息子は、出発の時間を自分でずらし、逆方向の電車を受け流し、いつもは残す食べ物にも少し手を伸ばし、予定にない寄り道にも乗りました。足場の緩い一日を、自分の手で、少しずつ組み立て直していたのだと思います。
「見通しがあれば動ける子」だと思っていました。でも、もしかしたら、見通しが崩れても、自分で作り直せるようになってきているのかもしれません。
おわりに
母と二人だと、崩れる旅。でも、崩れるからこそ、見えたものがありました。
きれいな型を渡されなくても、自分で型を作ろうとする。そんなこの子の姿を、すぐ隣で見られた一日でした。
この記事について:この記事は、運営者(万樹)が発達障害のある子どもを育てるなかでの実体験と、自分なりに調べた内容をもとに書いています。制度の運用や支援の要否には地域差・個人差があります。具体的なご判断は、お住まいの自治体の窓口や専門機関にご確認ください。


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